ANMELDEN翌日。俺は、今住んでいるホテルの鏡の前に立っていた。
イタリア製スーツ。新品の革靴。
高級時計。
髪もバッチリ。
香水も、つけすぎない程度に2プッシュ。
「完璧」 どう見ても成功者。どう見ても金持ち。
どう見ても、4年前に全裸で捨てられた男には見えない。
「今日の目的を確認するぞ」俺は鏡の中の自分へ指を立てた。
「1つ。4年前のことをちゃんと謝らせる」2本目。
「2つ。配信のノウハウを聞き出す」
3本目。
「3つ。絶対に金は出さない」
ここ大事。めちゃくちゃ大事。「俺はもう4年前の俺じゃない」 成美の色仕掛け?効きません。
泣き落とし?
150万円を払ってからさらに2週間。俺の配信環境は、完全に変わった。「おお……」 新しい撮影スタジオ。 正面には大きなモニター。 背景には『YOHTA』のネオン。 高級そうなソファ。 本棚に観葉植物。 意味はよく分からないが、やたら金持ちっぽいオブジェ。「どう?」 成美が得意げに聞いてきた。「……めっちゃ俺っぽい」「でしょ?」「成功者感すごくね?」「すごいすごい」 俺はソファに深く座った。「これなら結月も見るだろ」「……まだ結月ちゃんのこと言ってるの?」「当たり前だろ」「ふーん」 成美が、少しだけ面白くなさそうな顔をした。 お?「なに?」「別に」「嫉妬?」「してないけど?」「フッ」 してるなこれは。 完全にしてる。 俺、モテ期入ってんな。 そんなモテ男ヨーチューバ―、新スタジオからの初配信。「どうも!」 俺は両手を広げた。「進化した一条陽太です!」『背景豪華になってる』『金かけたな』『成美さん有能』『ネオン草』「ネオン草ってなんだよ!」 視聴者。 開始10分で2000人。 30分で4500人。「今日すげえぞ!」『伸びてる』『伝説始まった』『本当に有名になってきてる』 気持ちいい。めちゃくちゃ気持ちいい!!「みんな」『なに?』
100万円を追加で入れてから、成美の動きは、さらに速くなった。 翌朝。『陽太君、今日からショート3本ずつ出すよ』「3本?」『うん。昼、夕方、夜』「そんなに?」『アルゴリズムに覚えさせるの』「アルゴ……?」『陽太君は覚えなくていいよ』「そう?」『喋ってればいいの♡』「なるほど」 役割分担ってやつだな。 俺は表。成美は裏。 やっぱり完璧。 その日の昼。1本目。『借金30億でも「俺は勝ち組」と言い切る男』「また借金ネタかよ!」 でも、再生数7万。 夕方。『元御曹司、一条陽太。「アンチは成功者の証」と断言』「お、これはカッコいい」 再生数12万。 夜。『宝くじ3千万円を「実力」と言い張る男』「言い張るじゃねえ! 本当に実力だ!」 再生数23万。 俺はスマホを持ったまま固まった。「23万?」『伸びてるね』 成美から即メッセージ。「伸びてるどころじゃねえだろ!」『登録者見てみて』 開く。「……3400?」 昨日まで1000人いなかった。 なのに。「1日で?」『うん』「すげえ……」『だから言ったでしょ?』 俺、やっぱり売れる才能ある!!「成美」『なに?』「俺たち、最強じゃね?」『今さら?』
俺はワイングラスを置き、腕を組んだ。「先に言っとくけどな」「なに?」「俺、もう4年前の俺じゃないから」「うん」「金なら何でも出すとか、そういうのはなしだぞ」「もちろん」「『ブランド物買って♡』とかもナシだからな」「わかってる。だから私も今は仕事の話してるよ? バッグ買ってなんて言ってないよね?」 成美がまともだ。逆に怖い。「で、いくら必要なんだ?」「そうね……」 成美がスマホを操作した。「まず最初は30万円くらいかな」「30万?」 思ったより安い。「何に使う?」「編集費。切り抜き制作。ショート動画の制作。それと広告テスト」「広告テスト?」「いきなり大金を使うんじゃなくて、まず少額でどの層が反応するか見るの」 なるほど。「あと、私のコンサル費」「いくら?」「最初の1か月は10万円でいいよ」「合計40万?」「うん」 3千万円のうち。 40万円。「安くね?」「安くしてるの」「なんで?」「陽太君だから。昔のこともあるし、最初はそれでいい」 なんでもないように言ってのけた。「成美……」「でも、ちゃんと結果は出すよ」 俺は少し考えた。 40万円。高いといえば高い。 だが、登録者10万人に月収1000万円。 その未来を買うと思えば――「安いな」「でしょ?」「よし」 俺は即決した。「払う」「本当に?」「ああ」
「陽太君、昔からそうだった」「…………フッ」 やめろ。その攻撃はなかなか危険だ。「謝罪はもういいよ。それより配信の話、聞かせてくれ」「あ、うん」 成美の目が少し変わった。「今日の配信、本当に面白かったよ」「だろ?」「うん」「俺も初回にしては悪くないと思ってる」「悪くないどころじゃないよ」「え?」「初配信で200人以上でしょ?」「284」「すごいよ」 そう?「普通、最初なんて誰も見てくれないから」「やっぱり?」「登録者も?」「192」「ほら」 成美が身を乗り出した。「絶対才能あるよ」 来た。才能。 俺の好きな言葉。「ただ」「ただ?」「もったいない」 俺の眉が動いた。「何が?」「今の配信」 成美はスマホを取り出した。「陽太くん本人は面白いのに、見せ方が素人っぽい」 なんだよ素人っぽいって。 ちょっとムカつく。「照明も、カメラも、背景も」「全部100万かけたぞ?」「機材の値段じゃないの」「え?」「使い方」 成美が笑う。「あとタイトル」「YOHTA CHANNEL?」「それもだけど、動画タイトルも悪いし、切り抜きも作ってない」 タイトルそんなに悪かったかな。「ショート動画もないし」「うん。始めたばっかりだから」「SNSも連動してない」
翌日。俺は、今住んでいるホテルの鏡の前に立っていた。 イタリア製スーツ。 新品の革靴。 高級時計。 髪もバッチリ。 香水も、つけすぎない程度に2プッシュ。「完璧」 どう見ても成功者。 どう見ても金持ち。 どう見ても、4年前に全裸で捨てられた男には見えない。「今日の目的を確認するぞ」 俺は鏡の中の自分へ指を立てた。「1つ。4年前のことをちゃんと謝らせる」 2本目。「2つ。配信のノウハウを聞き出す」 3本目。「3つ。絶対に金は出さない」 ここ大事。めちゃくちゃ大事。「俺はもう4年前の俺じゃない」 成美の色仕掛け? 効きません。 泣き落とし? 効きません。 褒め殺し? そんなもん。「俺には通用しねえ」 フッ。 刑務所生活4年。伊達じゃねえぞ。 心はもう岩のように固く動かない! そして午後7時。銀座。 指定された店の前へ到着した。「ここか……」 懐かしい場所だった。 4年前、俺が金を持っていた頃。成美と遊んだな。生でヤったし。あれはよかった。 高級店の明かりに、ブランドショップ。高そうな車。「やっぱ俺にはザギンが似合うな」 公園のベンチより、断然こっち。「陽太くん?」「ん?」 後ろから声をかけられた。振り返る。 4年前より美しくなった志田成美が立っていた。「久しぶり」
「今回は俺が成美を利用する側だからな!」 俺は胸を張った。コメント欄がさらに荒れる。『完全にフラグ』『本人に直接言っちゃうの草』『3千万逃げて』『誰か財布隠せ』『成美さん仕事早そう』「お前らさっきから失礼すぎんだよ!」 俺は画面に向かって吠えた。「いいか? 俺は4年間刑務所で人生経験積んできたんだぞ!」『便所掃除?』「それ以外もあるわ!」『肩揉み?』「なんで知ってんだよ!」『一条伝説だから』「…………まあな」 伝説なら仕方ない。有名人はこれだから困る。「とにかく!」 俺はビシッとカメラを指差した。「次に成美と会う時は、完全に俺が主導権を握る!」『はいはい』『報告待ってる』『次回:3千万消滅』『タイトル決まった』「消えねえよ!!」 ほんっと失礼な奴らだ。 だが。 視聴者数を見ると、284人。 初回配信開始時0人。 現在284人。 コメントも止まらない。 俺、すごくね?「フッ」 俺は髪をかき上げた。
その困ったような笑顔。前世で私の心をいとも簡単に溶かしたあの顔。 不思議だった。あれほど焦がれた表情を前にしているのに、私の心は凍った湖のように静かだった。 手を伸ばして彼に武藤を紹介し、二言三言の助言を与えれば、彼はすぐに息を吹き返す。そしてまた、あの幸福で——その実、破滅へと続く十年が始まるのだ。 私はゆっくりと微笑んだ。 前世の私なら、ここで罪悪感に押し潰されていただろう。困っている人を見捨てる冷たい女だと、自分を責めたはずだ。けれど私を無情に切り捨てた男のために、これ以上、自分の優しさを安売りするのは——終わりにする。「ごめんなさい。人違いだと思いますわ」「えっ……
シャンデリアの光の下で、若き日の一条陽太は、滑稽なほど浮いていた。 仕立ての悪いスーツ。借り物のような笑顔。名刺入れを握りしめる指先は、誰の目にも分かるほど強張っている。この華やかな会場にいる誰もが、彼を「場違いな田舎者」として、視界の端で処理していた。 二十二歳の陽太。まだ、何者でもない。これから十年をかけて私を喰い尽くす牙も、初恋の女に狂って身を滅ぼす弱さも、その内側にすべて眠らせたまま、彼はただ、必死だった。 前世の私は、その姿に、どうしようもなく惹かれたのだ。磨けば光る原石だと、本気で信じた。そして、光らせてやれるのは自分だけだと——思い上がっていた。 今なら分かる。私が惹
※「——結月さん? 白峰結月さん、聞いていらっしゃいます?」 名前を呼ばれて私は目を開けた。 まず飛び込んできたのは、まばゆいシャンデリアの光だった。磨き上げられた大理石の床。氷とグラスの触れ合う澄んだ音。着飾った人々が交わす華やかなざわめき。香水と、生花と、上等なワインの匂い。 冷たい安アパートの天井ではなかった。胸を焼く痛みもない。 視界を落とすと、手が映った。それは——細く、白く、傷ひとつない若い指が、シャンパングラスを握っていた。 鏡張りの壁に映った自分の姿に私は息を呑んだ。そこに立っていたのは、二十二歳の私だった。 すべてを奪われ、たった一人で死んでいったはず
志田成美、彼女は陽太がまだ何者でもなかった学生時代に、ただ一人本気で恋をした女。 そして、彼の前から黙って姿を消した女だった。 彼女は、儚げな人だった。私とは何もかもが正反対の。守ってあげなければ今にも壊れてしまいそうな、潤んだ瞳。風が吹けば飛んでいきそうな、頼りない肩。陽太は成美を前にすると、人が変わったように優しくなった。まるで、置き去りにしてきた青春を、もう一度やり直そうとするみたいに。 成美が「経営のことは、私、何も分からなくて」と困ったように睫毛を伏せれば、陽太は嬉々として手を差し伸べた。私が十年かけて整えてきた会議の段取りを後回しにしてまで、彼女のために時間を割いた。







